第2回 カクテルの王様 〜King
of cocktail〜
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「石の華」を開店して間もない頃。以前、勤めていたバーからずっと通っていただいている一人の男性客が、久しぶりにニューヨークから一時帰国した折、顔を見せに立ち寄ってくれた。
この男性客は体格のがっしりした豪快な感じの人物なので、皆からはベアーとあだ名でよばれているらしい。だから、この話の中では、私もあえてそう呼ばせていただくことにする。
ベアー氏は当時からドライなカクテルしか好まず、未熟なバーテンダーだった私にあれやこれやと注文をつけては、いろいろなカクテルを飲んでいた。とりわけ、その中でもお気に入りだったカクテルが「マティーニ」。しかし、ただのマティーニ好きではなく、ベースのジンや副材料のベルモットにもこだわるという強者だった。
ちなみにベアー氏のお気に入りのジンは「ビーフィーター」、ベルモットは「ノイリー・プラット」のドライである。作り方まで自分のスタイルを持っていて、「マティーニはとにかく冷たく、徹底的にドライなのがうまいんだよね」と言いながら、よく冷えて汗をかいたカクテルグラスを見ながら、顔を綻ばせていた。本当においしそうに飲むので、私も思わずつられて微笑んでしまう。
このベアー氏がグラスをコースターに置くと、ちょっと不満そうな顔でぽつりと言った。
「でも、日本のカクテルは量が少なすぎるんだよね」
「日本人は欧米人と違って、アルコールを分解する能力が低いので、これぐらいの量がちょうどいいんですよ」
私が笑いながら返すと、ベアー氏はなおもぼやき続けた。
「ニューヨークのバーでは1杯頼むと、日本の3倍ほどの量のカクテルが出てくるんだ。3年もいるとその量に慣れちゃって、逆に日本にもどると物足りなく感じるんだよなぁ」
ベアー氏の言う量の多いカクテルとは、たとえば映画「007」のジェームス・ボンドが飲んでいるマティーニのように、大きいカクテルグラスで出されるものをイメージしてもらうとわかりやすいだろう。あのような感じで、欧米では大きいグラスでカクテルが出されるのだ。
1杯のカクテルの理想的な量について、ベアー氏とのやりとりがしばらく続いた後、私は2杯目のオーダーを訊ねた。
「チョコレート・マティーニをひとつ」
「えっ?! チョ、チョコレート・マティーニですか?」
私は一瞬、自分の耳を疑い、思わず聞き返してしまった。
欧米ではマティーニをアレンジすることが流行っており、ベルモットの代わりにリキュールやフレッシュフルーツを使用したカクテルが人気だ。チョコレート・マティーニとはその名の通り、ジンもしくはウオッカに、チョコレート・リキュールを加えた非常に甘くて強いカクテルである。私が驚いたのは、ドライなカクテルしか好まなかったベアー氏から、突然、意外なオーダーが飛び出したから。
チョコレート・マティーニは、最近はお店によってアレンジが加えられていて、作り方や味もさまざま。この時はジンとチョコレート・リキュールだけというリクエストだったので、そのようにメイキングした。
「このカクテル、ニューヨークのバーのメニューで見つけたときは、絶対頼むことがないと思っていたんだ。でも、バーテンダーと会話していて、何かおすすめはありますかって聞いたら、いいのがあるよって言うわけ。それで出てきたのが、このカクテル。正直言って、おいおい、冗談だろって思ったよ。レシピを聞いただけで、もうどん引きしちゃってさ。ほら、俺って甘いの苦手じゃない。絶対だめだろうと思ったけど、せっかく作ってくれたんだからと、一口飲んだんだ。そしたら、これが意外にうまいわけ。気がついたら全部飲み干していた。このときからだね、カクテルも辛けりゃいいってもんじゃないと、ようやくわかったのは」
ベアー氏はそう言うと、人なつっこい笑みを浮かべてチョコレート・マティーニをうれしそうに飲み干した。
確かにベアー氏のように、「石の華」に来ていただくゲストのなかには、この酒は絶対苦手とか、この飲み方は好きじゃないと言う人が、結構いるものである。しかし、よくよく話を聞いてみると、飲んだときのシチュエーションが悪かったり、体調が優れなくてトラウマになっていたり、単純に思い込んでいたりする人がほとんどである。
時と場合によっては、苦手だと思っていた物が食わず嫌いならぬ、ただの飲まず嫌いだったと気づいて、自分の好きな酒の引き出しが増えることも多い。おそらく私も何人かの飲まず嫌いを治すことができたと思うが、ベアー氏はこれをニューヨークで体感したわけだ。
チョコレート・マティーニをうまそうに飲むベアー氏を見ていて、あることを思いついた私は、こう切り出した。
「甘いカクテルがOKになったのなら、このチョコレート・マティーニをアレンジしてみませんか?」
「アレンジ?」
「はい。お気に入りのジンをストレートで召し上がっていただきながら、チョコレート・リキュールをチョコレートそのものにしてしまうんです」
「それはおもしろそうだね。ぜひ頼むよ」
ベアー氏が目を輝かすのを見て、私はフリーザーからジンの「ビーフィーター」を取り出し、ショットグラスへ注いだ。そしてスイスのプレミアムチョコ「クイザスNo.1」を3ピースほど添えてお出しした。「クイザスNo.1」は原料から製造法までこだわりにこだわり抜いた、秀逸なチョコレートである。当然のことながら、ベアー氏のこだわりに
「クイザスNo.1」はベストマッチングしたらしく、その顔に満面の笑みが浮かんだ。
「この組み合わせは驚きだね。いつも飲んでいるジンがまったく違った味わいとなって、知らなかった別の顔を見せてくれる。この感じ、最高だよ」
「クイザスNo.1」の味わいが、パートナーとなるジンの秘められた一面を引き出した瞬間だった。その日、ベアー氏は「クイザスNo.1」1ピースでジンを1杯、全部で3杯ほど飲んで家路についた。
後日、ニューヨークに仕事で戻ったときに、「クイザスNo.1」を手みやげに、このこだわりの組み合わせをマンハッタンのバーテンダーにこっそり教えたという。
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「ファステスト・チョコレート・マティーニ」
Fastest Chocolate Martini
・ドライジン … 1ショット
・クイザスNo.1 … 3ピース
【作り方】
ストレートグラスにドライジンを注ぐ。「クイザスNo.1」を用意するだけ。 |
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