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■ カカオ豆とは? ![]()
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テオブロマとは、神々の食べ物という意味で、メキシコ・アステカ族の神話に由来しているそうです。昔は王様や貴族、高名な戦士あるいは一部の富裕層だけの貴重な食べもの(飲み物)でした。一般庶民の口に入ることはまずなかったようです。 カカオの樹は常緑樹ですが年間を通じて落葉します。成長すると、高さは7〜10メートル、幹の太さは10〜20センチになります。また、半日陰を好むとされ、直射日光にさらされて乾燥しないようにする必要があり、カカオの樹の周りにはシェードツリーといわれる覆いとなる樹を植えて栽培されてきました。各地のプランテーションではこのような形態をもつところが多くみられます。 カカオの樹には多くの美しい花が枝や幹に直接咲きます。われわれの感覚とはちょっとずれているかも知れませんが、それこそ無節操に上の方でも下の方でもあちこちに3cm位の可憐でかわいい花を直接咲かせます。その色も多種多様で、白、黄、ピンク、赤など様々です。ただ、香りはあまりないようです。 その花の多くはカカオポッドを実らせることなく枯れてしまいますが、そこで、カカオの周りに植えられてきたシェードツリーに住み着いている虫たちが、花の受粉を助けカカオポッドを実らせることに貢献しているのかもしれません。まだまだそのしくみは完全に解明されたわけではありませんが、いろいろな要素が複雑に絡み合っていることは事実のようです。 完熟したカカオポッドになるまでには約6カ月が必要です。収穫期は産地によって異なりますが、おおよそ年2回あり、乾期での収穫をメインクロップ、雨期での収穫をミッドクロップと言います。そのカカオポッドは、枝や幹に直接咲いていた花のところに生ります。自然がそうさせるのかも知れませんが、枝だけでなく幹にも直接実が生るとは、なんとも不思議な魅力をもった奥の深い風変わりな植物です。 最近では、日本でもカカオの栽培を試みる動きがあるようですが、どんなカカオ豆が採れるのでしょう。非常に興味を掻き立てられます。ぜひ、そのカカオ豆を国産の砂糖などを使って、純日本製のチョコレートに仕上げてみたいものです。どんな味になるのでしょうか? とても楽しみです。 ![]() 中央アメリカ、メキシコ、西部ベネズエラに有史以前から自然に生育していたもので、特に、メキシコ南部からニカラグアまでの地域に生育していたようです。カカオポッドの色は、成熟すると赤または黄色になり、豆は若干丸みを帯びて、苦味がすくなく香り高いのが特徴です。 病害虫に極めて弱く栽培が非常に難しい種類のカカオの樹で、現在までに自生種のほとんどが病害や自然環境の変化で死滅してしまいました。 ![]() ![]() 子どもにとってのチョコレートは何か特別なもので、ご褒美として与えられたものではなかったでしょうか? そんなチョコレートの歴史をひも解いてみましょう。
これらの4つの発明が、チョコレートの4大革命と呼ばれるものです。意外にもその歴史は最近のものだと感じませんか? 1. ココアパウダーの発明 (1828年) 1828年、オランダ人のバン・ホーテン(Coenraad Johannes Van Houten)は、カカオ豆からココアバターを絞り出すための画期的な脱脂技術の開発に成功し、ココアパウダーを発明しました。特許技術としても認められて登録もされました。バン・ホーテンの発明によって苦く、渋く、脂肪分が多く飲みにくいといったそれまでのチョコレートへの不満を取り除くことができて、一般大衆の飲みものとなりました。この発明は、以後のチョコレートの礎となる非常に画期的なものです。 2. 固形チョコレートの発明 (1847年) 1847年イギリス人のジョセフ・フライ(Joseph Fry)はココアに砂糖とココアバターを加えてチョコレートの成型法を発明し、現在のチョコレートの原形ができました。私たちになじみ深い板チョコの発明です。その後、英国各地にチョコレート製造業が起こり、1849年にはキャドバリー(Cadbury)兄弟も同様な製品の発売をはじめました。
3. ミルクチョコレートの発明 (1876年) 食べるチョコレートの発明は画期的でしたが、嗜好的にはまだ苦すぎました。
4. 製造機械、レファイナーとコンチェの発明(1890年代) 3つの発明を重ねましたが、まだチョコレートは粒子が粗くざらざらしたものでした。19世紀末、粒子を細かくするレファイナーという機械が発明されました。レファイニングによって砂糖の粒子が細かくなり、分散も良くなって、おいしさの中にざらざらして抵抗感のあったチョコレートが画期的に進化し、良質のチョコレートが作れるようになりました。 |