ベシュレいろいろ事典

ベシュレいろいろ事典

カカオ豆とは?
その名もテオブロマ・カカオ
クリオロ(Criollo)系のカカオ豆は貴重な宝石並み!
チョコレートの4大革命





カカオ豆はチョコレートやココアの主原料で、カカオの果実の中にある種子のことです。
カカオの果実(カカオポッド)をイメージするには、ラグビーボールが良いかもしれません。大きさは、長さ20cm位が標準です。厚さ1センチほどの堅い殻で覆われていて、その中にはソラ豆を守っているフワフワのお布団に良く似たパルプに包まれて、アーモンドの様なカカオ豆がお行儀よく並んでいます。1つのカカオポッドの中には、約40個のカカオ豆が入っています。

カカオ豆をこの状態で食べても、あの独特な味や香りはあまりしません。この後に行われる発酵によってあの独特な香りを引き出すことができます。それどころか、カカオ豆を包んでいるパルプは、そのまま食べても甘く、子供たちのおやつにもなるそうです。




カカオの学名は、あおぎり科 テオブロマ属 カカオ (Stercurliaceae Theobroma Cacao)と言います。

テオブロマとは、神々の食べ物という意味で、メキシコ・アステカ族の神話に由来しているそうです。昔は王様や貴族、高名な戦士あるいは一部の富裕層だけの貴重な食べもの(飲み物)でした。一般庶民の口に入ることはまずなかったようです。

そして、驚くべきことにカカオ豆そのものが、お金として流通していた時期があったそうです。

カカオ豆は、赤道の南北緯度20度以内、年間平均気温27℃以上の、しかも年間を通じてその変動の範囲がごく狭く、常に高温で多湿な地方でのみ栽培できる特殊な熱帯植物です。特殊な場所環境でしか取れないカカオ豆だからこそ、特権階級がその場所を支配することで、権力を誇示し利用されたのかも知れません。それにしても神々の食べ物とは大層な名前が付いたものです。


カカオの樹は常緑樹ですが年間を通じて落葉します。成長すると、高さは7〜10メートル、幹の太さは10〜20センチになります。また、半日陰を好むとされ、直射日光にさらされて乾燥しないようにする必要があり、カカオの樹の周りにはシェードツリーといわれる覆いとなる樹を植えて栽培されてきました。各地のプランテーションではこのような形態をもつところが多くみられます。

しかし、近年の研究で、必ずしも日陰を作る必要はないのでは?と言われています。


カカオの樹には多くの美しい花が枝や幹に直接咲きます。われわれの感覚とはちょっとずれているかも知れませんが、それこそ無節操に上の方でも下の方でもあちこちに3cm位の可憐でかわいい花を直接咲かせます。その色も多種多様で、白、黄、ピンク、赤など様々です。ただ、香りはあまりないようです。

その花の多くはカカオポッドを実らせることなく枯れてしまいますが、そこで、カカオの周りに植えられてきたシェードツリーに住み着いている虫たちが、花の受粉を助けカカオポッドを実らせることに貢献しているのかもしれません。まだまだそのしくみは完全に解明されたわけではありませんが、いろいろな要素が複雑に絡み合っていることは事実のようです。


完熟したカカオポッドになるまでには約6カ月が必要です。収穫期は産地によって異なりますが、おおよそ年2回あり、乾期での収穫をメインクロップ、雨期での収穫をミッドクロップと言います。そのカカオポッドは、枝や幹に直接咲いていた花のところに生ります。自然がそうさせるのかも知れませんが、枝だけでなく幹にも直接実が生るとは、なんとも不思議な魅力をもった奥の深い風変わりな植物です。


最近では、日本でもカカオの栽培を試みる動きがあるようですが、どんなカカオ豆が採れるのでしょう。非常に興味を掻き立てられます。ぜひ、そのカカオ豆を国産の砂糖などを使って、純日本製のチョコレートに仕上げてみたいものです。どんな味になるのでしょうか? とても楽しみです。




中央アメリカ、メキシコ、西部ベネズエラに有史以前から自然に生育していたもので、特に、メキシコ南部からニカラグアまでの地域に生育していたようです。カカオポッドの色は、成熟すると赤または黄色になり、豆は若干丸みを帯びて、苦味がすくなく香り高いのが特徴です。


病害虫に極めて弱く栽培が非常に難しい種類のカカオの樹で、現在までに自生種のほとんどが病害や自然環境の変化で死滅してしまいました。

豆の品質は非常に良く、独特の香りでフレーバービーンズとして世界中で珍重され続けています。チョコレートのブレンド用豆としても貴重な役割を果たしています。

現在は、ベネズエラ、メキシコなどで奇跡的に生き残った樹から極めて少量が生産されているだけです。その生産量は、全世界のカカオ豆の数パーセント以下です。ベシュレではその品質の良さに惚れ込んだ当社のパティシエが、多くの商品に意欲的に使用しており、一つの種類カカオ豆だけを使って仕上げたストレート チョコレート(クイザス シリーズ、ボリビア ダーク、アリバ ダークなど)は、他では入手困難でとても貴重なものです。




子どもにとってのチョコレートは何か特別なもので、ご褒美として与えられたものではなかったでしょうか? そんなチョコレートの歴史をひも解いてみましょう。


チョコレートは、液体の飲み物だったのです。1502年にコロンブスによってスペインにカカオ豆が持ち込まれた頃には、飲み物といっても、私たちが想像するココアのような物ではなく、ショコラトルと呼ばれ、トウモロコシの粉や唐辛子を入れて泡立てて飲むもの。脂肪分も高くまるで煎じ薬のようなものであったと言われています。実際に口にしていたのは王侯貴族・戦士や身分の高い人達だけだったそうです。

  1. ココアパウダーの発明 (1828年)
  2. 固形チョコレートの発明 (1847年)
  3. ミルクチョコレートの発明 (1876年)
  4. 製造機械、レファイナーとコンチェの発明(1890年代)

これらの4つの発明が、チョコレートの4大革命と呼ばれるものです。意外にもその歴史は最近のものだと感じませんか?



1. ココアパウダーの発明 (1828年)

1828年、オランダ人のバン・ホーテン(Coenraad Johannes Van Houten)は、カカオ豆からココアバターを絞り出すための画期的な脱脂技術の開発に成功し、ココアパウダーを発明しました。特許技術としても認められて登録もされました。バン・ホーテンの発明によって苦く、渋く、脂肪分が多く飲みにくいといったそれまでのチョコレートへの不満を取り除くことができて、一般大衆の飲みものとなりました。この発明は、以後のチョコレートの礎となる非常に画期的なものです。


2. 固形チョコレートの発明 (1847年)

1847年イギリス人のジョセフ・フライ(Joseph Fry)はココアに砂糖とココアバターを加えてチョコレートの成型法を発明し、現在のチョコレートの原形ができました。私たちになじみ深い板チョコの発明です。その後、英国各地にチョコレート製造業が起こり、1849年にはキャドバリー(Cadbury)兄弟も同様な製品の発売をはじめました。


3. ミルクチョコレートの発明 (1876年)

食べるチョコレートの発明は画期的でしたが、嗜好的にはまだ苦すぎました。
ショコラトルにミルクを合わせて栄養豊富な飲みものを思いついたのは、イギリス人のスローン卿(Sir Hans Slone)で、“Sir Hans Slone's Milk Chocolate”として17世紀後半に発売されました。スローン卿は、1689年にジャマイカから初めてカカオ豆をイギリスへ持ち込んだ人です。その後、長い間ミルクチョコレートは飲み物のことを指す言葉でした。

1876年スイス人のダニエル・ピーター(Daniel Peter)はヘンリ・ネスレ(Henri Nestle)と協同で、ネスレのコンデンスミルクを使ったミルクチョコレートを発明しました。

ショコラトルにミルクを入れると、味わいも良くなり皆に親しまれましたが、ミルクを入れて板チョコにすることが、どうしてもできませんでした。それは、ミルクに含まれている水分のため。皆さんもチョコレートフォンデュなどを楽しまれるときに、水滴の付いたイチゴなどを入れてしまうと流動性を失ってしまい、カチカチに固まってしまった経験をお持ちではないでしょうか?

スイスの山々の自然に育まれた健康な牛からとれる香り豊かなアルペンミルクは、ミルクチョコレート発祥の地であるスイスにとって必然だったのかもしれません。新鮮なミルクとカカオの出会いに最上の喜びを感じます。


4. 製造機械、レファイナーとコンチェの発明(1890年代)

3つの発明を重ねましたが、まだチョコレートは粒子が粗くざらざらしたものでした。19世紀末、粒子を細かくするレファイナーという機械が発明されました。レファイニングによって砂糖の粒子が細かくなり、分散も良くなって、おいしさの中にざらざらして抵抗感のあったチョコレートが画期的に進化し、良質のチョコレートが作れるようになりました。

さらに、コンチェという機械の発明により、長い時間をかけて練り上げることにより、あのとろけるようなチョコレートの舌触りができ上がりました。